スマホ片手に自動車をシェア、個人の所有物ではなくなる未来の車|山根康宏のワールドモバイルレポート

道路を行き来するトラックや自家用車。数多いその車たちも、あと10年もするとすべて似通った形のものだけになるかもしれない。しかも自動車にあってあたりまえの「鍵」はスマートフォンや生体認証に置き換わり、室内には運転席すらなくなっているだろう。

様々なメーカーから毎年登場する自動車の新型モデル。数百万円もする大きい買い物だけに、購入時には誰もが慎重になるものだ。予算に応じてより上のクラスの自動車に買い替える人もいれば、中古車を買い替え続け費用を抑える人もいる。

だが家に住むときに賃貸にするか、マンションを買うかと悩むように、自動車の利用もあと数年で「買ったほうがいいか、借りたほうがいいか」と考える時代がやってきそうだ。そのカギを握るのは自動運転の普及と、車の高度なIT化だ。

展示会でクアルコムが自動車を展示。車はもはやIT製品である

展示会でクアルコムが自動車を展示。車はもはやIT製品である

SF映画を見ると空中を様々な自動車が飛び交い、運転者は運転席に座りながらも自動運転にまかせ自分は本を読んでいる、なんてシーンを見かけることもある。自動車が地面ではなく空中を自在に動き回るにはさすがにあと半世紀くらいはかかりそうだが、自動運転は確実に実用化のタイムラインが迫ってきている。

SEA(米国自動車技術者協議会)の定義では、自動運転はレベル0からレベル5までの段階に分けられており、2018年時点ではテスラなど運転支援レベルの「レベル2」までの車が商用化されている。また自動運転の最低レベルである「レベル3」、すなわち特定道路やエリアでのみ自動車がすべてを自動でコントロールする車種としては「Audi A8」が販売されている。但し自動運転は認可された国のみで可能だ。

中国の新興企業のBytonなどは、2019年にレベル3対応の自動車の商用化をアナウンスするなど、限定的ながらもハンドルから手を放して乗車できる自動車が来年以降、次々と登場する予定である。レベル4以降のさらに高度な自動運転の実用化はもう数年後になるだろうが、自動運転技術の進化に合わせ、車そのものもこれから大きく変わっていく。

Bytonのレベル3対応のコンセプトカー

Bytonのレベル3対応のコンセプトカー

まず自動運転対応の自動車は、運転支援のために自動車の周辺状況や自動車の速度などのデータを常時取得しクラウドで処理するため、エンジンを積んだ動く箱から、高度なIT製品へと様変わりする。見た目は自動車でもその中身はPCやスマートフォンと変わらないというわけだ。4Gあるいは5Gの通信モデムを搭載し、外部とはギガビットでデータ通信を行う。車内には大型モニタが搭載され、交通情報や映画などのエンタメコンテンツを視聴することもできる。自動車に乗ったら、もう「わざわざ」スマートフォンの小さい画面を見る必要はなくなるのだ。

車内に大型タブレット搭載は当然のものに

車内に大型タブレット搭載は当然のものに

サイドミラーは廃止されて埋め込み型のカメラが取り付けられ、サイドだけではなく後部、前部、さらには車内にも複数のカメラが搭載される。そこからの映像はすべてクラウドに保存され事故の時の有力な証拠になるのはもちろん、日々の運転中の周辺状況は交通情報データとしてリアルタイムに反映されていく。危険な運転をする車があれば、その情報も即座にシェアされる。自分勝手な無謀な運転をしようものなら、その映像がすぐさま警察に通報される、なんてところまで映像情報が利用されるようになるだろう。

運転席回りも今の自動車とは大きく変わる。自分で運転する機会が減ることからダッシュボード周りは簡素なつくりとなり、ギアチェンジも電子式、あるいはオートマチックとなることからギアシフトレバーも不要となる。運転席は前後に180度回転し、自動運転中は後部座席と向かい合わせになり、目的地まではお茶でも飲みながら優雅な時間を過ごすこともできるようになる。

Bytonのダッシュボードは49インチの大型ディスプレイになっている

Bytonのダッシュボードは49インチの大型ディスプレイになっている

そして自動車に乗るときにも、車のキーが不要になる。ドアの横に搭載されたカメラを使って顔認証、あるいは音声認証で運転手の本人確認を行いドアのロックを開閉できるようになるわけだ。車のエンジンをかける(電気自動車時代になれば、モーターのスイッチを入れる、という表現になるのだろうか)時も、顔や音声認証が使われるだろう。さらには座席に埋め込まれたセンサーが運転者の体調を確認し、不健康の場合は手動運転を許可しない、あるいは自動車での移動そのものをNGにする、といった判断もできるようになるはずだ。

このように車に乗るのに鍵がいらなくなることから、自動運転と合わせこれからの車は個人が所有するものだけではなくシェアするものも増えていくだろう。ここ1-2年で普及が始まったシェア自転車のように、駐車場に向かい使われていない車があればそれを借りて使うことができるのだ。スマートフォンのアプリで空きの車をあらかじめ探しておき、予約を済ませればあとは自動車に近づくだけでいい。現時点ではNFCを使いドアロックを解除するが、前述したように顔や音声でロック解除できる自動車の登場も遠くはないだろう。

スマートフォンや時計認証はすでに実用化されている。次は生体認証だ

スマートフォンや時計認証はすでに実用化されている。次は生体認証だ

移動のための乗り物とはいえ、数時間を共にする自動車の車内は自分好みのものにしたいものだ。シートの色や芳香剤の香りなどは選びたいものだし、さっきまで他の人間が乗っていた「匂い」のする車にはあまり乗りたくないだろう。だが未来の車は車内の内装までもその場でカスタマイズが可能となり、自動車をわざわざ買わなくともレンタル時に自分好みにできるようになっているだろう。

すでにスマートフォンからコントロールできる、カセット式の芳香剤が製品化されている。アプリを使って好きな匂いを選ぶことができるし、複数のカセットを組み合わせて自分好みの香りを作ることも可能だ。シェア自動車の車内に同じシステムがあれば、車をレンタルするときに自動的に自分の好みの匂いまでもがプリセットされるようになるだろう。

車内の色合いもドアパネルや天井をディスプレイとすれば、お気に入りの色や模様を表示することができる。必要時には地図を映し出すなど情報表示にも利用できる。さすがにシートの色合いや表面の風合いまでは自動でカスタマイズできないものの、「車内の色や香りがカスタマイズできる自動車」を使うのであれば、座席の材質までにこだわる必要は無いのかもしれない。

こうしてアプリで自分好みの車をいつでも使うことができるようになれば、自動車を買う必要がそもそもなくなる。家を買わずにアパートを借りる人もいるように、自動車も買わずにシェアで済ませる人も増えるだろう。なおすでに自転車は中国で「買うより借りたほうが楽」になっている。自転車と自動車とでは大きな違いがあるだろうが、中国の都市部ではもはや自転車を買う必要はゼロになっているのだ。

一方、お金に余裕があって自動車を買った人なら、使わない時間は人にシェアしてそこから利益を生む、なんてこともできるようになる。あるいはシェア専用のために自動車を買うなんて人が出てくるかもしれない。

自動車メーカー各社は、車のIT化の一つの方向としてカーシェアへの対応を進めている。スマートフォンアプリとNFCなどを組み合わせた自動車の空車確認、予約、本人認証などはこれからの自動車の標準装備となる。知らない人にシェアするのは嫌な人でも、家族間で車を共用するときにこのシェアシステムは使うことができる。「車の鍵を父親が持って行ってしまい、家にある自動車を動かせない」なんてこともなくなるのだ。

このように未来の自動車は使い方も今とは大きく変わってくる。自動車はネットにつながっていなくては動かなくなるし、自動車に乗るためにはスマートフォンやウェアラブルデバイスなど、なにかしらネットにつながった端末も必要になる。遠い未来の話のように見えて、実はこのような世界はあと数年もすれば実際にやってくるかもしれないのだ。

5G時代を迎え、車はつながっていることが当たり前になる

5G時代を迎え、車はつながっていることが当たり前になる

そして自動運転があたりまえになり、車内のカスタマイズが自由にできるようになれば、もはや自動車の外観を気にする人はだんだんといなくなっていくだろう。他人に見せて自己をアピールするものではなく、快適な移動空間を求めるようになるはずだ。また自動車のサイズ・形がほぼ同じになれば、駐車場設計や道路設計も楽になる。長距離を移動するときはトレーラーのような大型車に自分の車を詰め込み、同じ目的地に向かう車を同時に移送する、なんてシステムも、搭載する車の形が同じになれば実現は容易だ。

トヨタがCES2018で発表した「e-Palette Concept」はその究極の例だろう。全長 4.8メートル、全幅2メートル、全高 2.25メートルの直方体の車体は個人向けの車から物流トラック、そして移動販売店など店舗としても利用できる。もちろんカーシェアリングにも対応している。

ベースの車体を延長して複数のサイズの車を作れば、多人数向けの公共バスや大量の荷物を運搬する大型車となる。しかも基本規格が同一なので同じ規格の道路、駐車場、運搬用トレーラーを利用できる。e-Palette Conceptは日本の自動車メーカーがあえて「脱・個人所有車」を目指した画期的なソリューションで、YouTubeなどでそのコンセプト動画をぜひ見てほしい。

トヨタのe-Palette Conceptは自動車を根本から変える

トヨタのe-Palette Conceptは自動車を根本から変える

車の形がみな同じになってしまうとつまらなくなりそうだが、外装の色合いが違うだけでも十分差別化はできる。それにすでにスマートフォンやPCもその外観はあまり大した差はなくなっている。自分が入れているアプリや壁紙、あるいはカバーで自己アピールする人が大半だろう。車のIT化が進めば進むほど、自動車は社会インフラに組み込まれる規格品となり、いままでとは全く概念の異なるツールへと生まれ変わるのだ。

都市のスマート化のためにも自動運転車の登場は不可欠であり、「自動」化された車が当たり前に街の中を走り回る時代は確実にやってくる。個人が車を所有しなくても、パーソナライズされた移動空間をいつでも自由に使うことができる、そんな時代にはどんなメーカーが自動車を生産しているのだろうか。携帯電話からスマートフォンへ移行した際に、メーカーの力関係は大きく変わった。自動車の世界も老舗メーカーと新興勢力によるパワーバランスの攻防がこれから始まろうとしている。

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山根 康宏

山根 康宏

香港在住15年。海外展示会取材や海外市場調査のため1年の半分を 海外で過ごす。2003年に前職を退職し同年に携帯電話研究家として独立。 香港を拠点にフリーランスの活動を開始する。消費者目線でのコラムやレポートを執筆する他、 コンサルティング活動も行っている。 週アスPLUS『山根博士の海外モバイル通信』、 ITmedia『山根康宏の中国携帯最新事情』、CNET『中国トンデモケータイ図鑑』など、 メディアでの連載多数。 携帯電話をこよなく愛しており、海外出張時は現地端末やプリペイドSIMを必ず購入、 それらのコレクターでもある。 収集した海外携帯電話の台数は約1300台、SIMカードは約500枚(2014年6月時点)。 株式会社ウェブレッジ社外アドバイザー
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